なんか作ってみた。
~ Monday, April 29 ~
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~ Tuesday, March 19 ~
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前に「バナナ食って裸で太陽に向かって走ったら鬱病は治る!」ってtweetしたら色んな人から「鬱病舐めんな」って云われたけど、ひとりプロフィールにお医者さんと書いてる人が「全力でセロトニンを生成するつもりだ…」とコメントしてくれてた。

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~ Sunday, March 17 ~
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「先生は女性が社会に出て仕事をすることを、どう思われますか?」
「どうも思わないね。そもそも、男女平等と職業とは無関係だ。つまり、男と対等になるために、仕事をするためにナンセンスだと思う。それでは仕事をしているものが偉いという、馬鹿な男が考えた言い訳を認めることになる。いいかい、仕事をしていても、遊んでいても、人間は平等だ。問題をすり替えてはいけない。」
(詩的私的ジャック P.72)

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~ Friday, March 15 ~
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俺には女の子の便器になりたい欲望がわりとあるのだが、これも簡単に説明がつく。俺はあくまで日常生活の一部としての自然な排泄を望んでいるからだ。観察者たる俺の存在が女の子の排泄を妨げることがあってはならない。ならば俺は人ならぬものになろう。もっとも自然におしっこを受け止められる存在はなにか。それは便器である。

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~ Thursday, March 14 ~
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~ Monday, March 11 ~
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日本人には、「無限に遠い未来に向けて永遠の反復努力する能力」というのは非常にある。世界中があきれるほど、そういう努力には強いと言ってもいい。

日本人には、「目の前のタスクを達成する」という能力もある。世界中があきれるほど、そういう現場力には強いだろう。

だが、システマティックな構築能力、つまり「構造を論理的に考えて、適切な規模のゴールを設計する」という能力は、よく言われるとおり、やはり足りない気がする。、

だから、「誰かがカテドラルの設計図くれたら」、それにしたがって動ける。
だが、どんなカテドラルを作りたいか?というビジョンを設定するのは、難しい。なぜその設計が難しいかといえば、「努力職人」の発言権が強すぎるから、と言ってもいい。
努力職人は、目の前の仕事が、今までどおりに遂行されて、そこに払われた労力を労われることを望む。だから、努力職人を束ねて仕事させようとすると、いまの労働の無限反復だけ前提とした、予定調和的な中間管理職にならざるを得ない。起承転結ではなく、起承承承承承承承承承になる。
これでは、構造設計にはならない。

したがって、「過去の設計図の使いまわし」が横行するわけだ。


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~ Tuesday, March 5 ~
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(Source: tokachi-jpy)


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